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keimizumori

Author:keimizumori
早稲田大学理工学部卒業後、1992年に渡米。芸術・文化・社会問題で新聞・雑誌等に寄稿するジャーナリストとして活動後、 2003年に帰国。「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組み、科学的洞察力を養う解説を行うナチュラリスト、サイエンスライター、代替科学研究家。 現在は、千葉県房総半島の里山で農作業を通じて自然と触れ合う中、研究・執筆活動に加え、各種セミナー・イベント等をプロデュースしている。
著書に『ついに反重力の謎が解けた!』、『底なしの闇の[癌ビジネス]』(ヒカルランド)、『超不都合な科学的真実』、『超不都合な科学的真実 [長寿の謎/失われた古代文明]編』、『宇宙エネルギーがここに隠されていた』(徳間書店)、 『リバース・スピーチ』(学研パブリッシング)、『聖蛙の使者KEROMIとの対話』(明窓出版)などがある。


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幻想のスローライフvs自立的な田舎暮らし

時々、私が里山(ほぼ山間部)で田舎暮らし・半農生活をしていると誰かに話すと、「羨ましい」とか「憧れます」といった言葉がよく返ってきます。でも、いつも疑問に感じるのは、田舎暮らし&半農生活がどのようなものなのか、本当に分かっているのだろうか、と。

近年、スローライフという幻想的な言葉を耳にしますが、それとだぶらせて考えているのかもしれません。おそらく、スローライフとは、周囲にいくらか緑のある環境(都会や地方都市)で暮らし、その周囲の緑は、誰か他の人が管理してくれて、自分ではその必要がなく過ごせる環境を想定しているのだと思います。かなり都合の良い言葉で、個人的には幻想だと思います。

田舎暮らしは、単に地方都市での生活とは違うように思います。地方都市はそれなりに都会化されて便利です。大都市から離れていて、緑が多いから、田舎だと考える人もいるかもしれません。しかし、私が言う田舎とは、かなり人口が少なく、交通の便も悪く、買い物に行くにも、例えば車で何キロも走らせねばならないとか、そんなところです。

田舎暮らしは、スローライフとは対極的で、必然的にビジーライフです。体力勝負であると同時に、マメに動かないと、いくら時間があっても足りないのが現実です。田舎では、広い宅地を持ち、その何倍もの農地も持っていても珍しくありません。私がよく草刈りが大変だと言いますが、多くの場合、自分の土地の草刈だけでは済まないからです。
例えば、田舎では、赤道と呼ばれる公道がよくありますが、整備されていません。私も、自分の使っている畑に行くまでに、赤道を通らねばならないので、まず赤道の草刈りを行います。役人がわざわざ草刈りなどやってくれません。通る人が自分でやるしかありません。また、耕作放棄地もあります。うちの畑に隣接した土地は、所有者が近くにいるのかどうかも不明ですが、誰も管理しないので、竹が生えてきて、荒れ放題なので、私の方で草刈りをしています。春から秋まで、こまめにやらないと、竹が畑に侵入してくるので、大変です。

もちろん、自分の畑の管理もあります。自分の家の庭の草刈りや木の剪定などの管理もあります。草だけでなく、動物や虫もたくさんいます。基本的な生活をするというためだけに、周辺環境を維持・管理すべく周囲の人間とかかわり、農作物を収穫するために、生き物たちともかかわっていかねばなりません。
こんな作業は、もちろん、明るい昼間のうちに終わらせないと行けません。怠ると、草が隣の家にまで侵入するので、気を付けないといけません。店も遅くまで開いてはいないので、できるだけ昼間のうちに買い物等も終わらせないといけません。

引退して、年金生活という人には時間が作れるので、それなりに楽しめるかもしれませんが、昼間に普通に仕事を行いながら、田舎暮らしを行うのは、なかなか大変です。そのため、サラリーマンは、土日は草刈りばかりを行っているという印象があります。なかなか趣味の時間など持てませんね。

そんな現実を考えると、田舎暮らしに向く人と向かない人がいると思います。私のように、マメに動き、できそうなことは何でも自分でやってしまう人間であれば、それほど苦にならないと思いますが、仕事が忙しくてなかなか時間が作れない人、マメに動けない人、自分の時間を持ちたい人には、かなり厳しいと思います。

時々、お客さんが来る際は、もちろん、自分は手を休めて、お迎えするので、訪問者はスローライフ的な印象を持つのかもしれませんが、現実は、かなり違います。中には、いずれ田舎暮らしを始めたいと言う人もいますが、正直、「この人大丈夫だろうか?」と思う時もあります。

それでも、一部の人にとっては魅力があるのは確かです。私の場合、原点に還って、(環境を人任せにせず)自立した生活を目指せることが最大の理由です。スローライフは、周囲の環境を自分の手で守り、維持するという、一番大切なことを他人任せにする一方で、金銭面で間接的にサポートしていくことが基盤にあると思います(その基盤がちゃんと浸透しているのかどうか疑問ではありますが)。しかし、自然界との関わりの中で、様々な知恵を授かる仕事に従事していることからも、そのような間接的な形での関わり方は、自分の性に合いません。
もちろん、職業も細分化したこの時代において、専門家が自分の仕事に専念し、我々も専門家に任せることは大切です。そのため、そんな状況を批判するものではありません。ただ、そんな社会が生み出されてきたことによって、見落としてきた視点があると思います。

一番必要とされていることは、田舎暮らしで見えてくるような、そんな原点に立ち返って環境問題を考えることにあるように思います。自然には厳しい面と優しい面があり、田舎では、必然的に周囲の環境(人間や生き物たち)と関わっていかねばなりません。関わりたい部分だけでは済みません。そんな現実に直面することで、否応もなく季節感も含めた自然と触れ合い、理解へのきっかけが生まれ、自立と共生が促されるように思います。

都心に集まった政治家が「自立と共生」という言葉をよく口にします。しかし、それはどんな意味で使っているのだろうかと、ずっと疑問に感じていました。自分にとって、自立と共生は、生活のために必然的に自然環境と関わっていかねばならないことが前提にありますが、彼らはどのように考えているのだろうかと、今でも引っかかるものがあります……。

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