プロフィール

keimizumori

Author:keimizumori
早稲田大学理工学部卒業後、1992年に渡米。芸術・文化・社会問題で新聞・雑誌等に寄稿するジャーナリストとして活動後、 2003年に帰国。「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組み、科学的洞察力を養う解説を行うナチュラリスト、サイエンスライター、代替科学研究家。 現在は、千葉県房総半島の里山で農作業を通じて自然と触れ合う中、研究・執筆活動に加え、各種セミナー・イベント等をプロデュースしている。
著書に『ついに反重力の謎が解けた!』、『底なしの闇の[癌ビジネス]』(ヒカルランド)、『超不都合な科学的真実』、『超不都合な科学的真実 [長寿の謎/失われた古代文明]編』、『宇宙エネルギーがここに隠されていた』(徳間書店)、 『リバース・スピーチ』(学研パブリッシング)、『聖蛙の使者KEROMIとの対話』(明窓出版)などがある。


リンク


検索フォーム


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


食事について

「健康のためにどんなものを食べているのか?」 あるいは「どんな食事がいいのか?」といった質問をされることがある。
でも、そんな質問に対して、これといった回答は難しいと思う。ある意味では、生活環境に合わせているとも言えるかもしれないから・・・。
数年前までは、もう少し房総半島の内陸にいた。その時、あまり海の幸には恵まれていなかった。だから、意外にも、魚はワカサギ、ニジマス、たまにアユや自分で釣ってきたウグイやオイカワなど、川魚を結構食べていた(ニジマスやアユは養殖だが)。でも、海に近い山に引っ越してから、海の幸を多く食べられるようになった。だから、最近ではほとんど川魚を食べていない。

肉は食べたい時に食べています。畑仕事以上に、リフォーム作業や薪の切り出し、積み込み等、肉体労働をするので、やはり、時々必要です。肉体労働がなければ食べなくても大丈夫です。週1・2回で、一回の量も100グラム以下なので、少な目だと思います。ラフな計算で、月1キロぐらいまでは食べてもいいかなぁ~とは思いますが、平均するとそれ以下です。
上限の計算は適当なのですが、まず、自分が暮らす集落周辺を見回して、どれだけの動物がいて、どれだけの人間が暮らしていて、どれだけの量を食べられるかと想像してみます。周囲にキジは居ますが、捕まえればすぐにいなくなってしまうでしょう。イノシシやシカであれば、毎週末のように猟友会が捕獲を行っているので、そこそこ食べられるかもしれませんが、それでも近隣にエリアを限定すると、消費できる頭数はかなり限られているように思います。

そんなことから、自分が消費しているレベルで丁度良いのではないかと思っています。本当は、魚もあまり消費しないほうがいいのかもしれませんが、野生で食べられる食品として、魚はとても貴重なものです。ご存知のように、穀物、野菜、フルーツ等に関しては、人間がエサ(肥料)を与え、人間が農薬等を使用して育て、我々は不自然に育ったものを消費しています。しかし、魚は野生で育ったものです(養殖を除く)。人間によるエサを食べていません。本来の意味で、地元で獲れるものは地産地消になります。だから、特に近海の沿岸で獲れる魚は貴重です。

野菜やフルーツは食べたいだけ食べていいと思います。もちろん、自給しようとしたら、どのぐらい可能なのかというイメージを持った方がいいでしょうが、それでも、それほど遠慮する必要はないと思います(人間が与えた肥料や農薬の問題はありますが)。植物は、特に果実に言えますが、むしろ食べてほしいと思っているようで、それを知るためにも、植物との意識の同調は求められるように思いますし、栄養や薬草としての有効成分としてみなす意識はできるだけ排除したほうがいいのだと思います。この部分は、西洋人がシャーマンの薬草利用を知って、ジャングルに分け入り、同じものを同じ目的で利用しながらも、シャーマンほどに効果を得られない事例を振り返ると分かるように思います。

目先の食糧危機は、肉食を減らすだけでかなり軽減されます。我々は家畜にエサを与えるがために、いかに緑をなくし、大地を無駄に汚してきたか。ヒトは環境に合わせて常にサバイバルを考えておかねばなりません。
探検家のフォーセット大佐は、猟銃を持ってアマゾンのジャングルに入り、数か月どころか、1年も2年も放浪し、常に動物を得られる訳ではない現実を知り、何度も飢え死にしそうになりました。そんな体験から、探検に出ていない時であっても、肉なしで生き抜けるよう、菜食を心掛けた生活をしていました。肉に依存していると、危機的な時に体が言うことを聞かず、生き残れない現実を身を以て体験していたからです。
肉食には動物の殺生が付き物であるという現実を理解していれば、その理解のもとに、食べたいものを食べればいいと思いますし、有限のものはそれを考えながら食べればいいというところで、置かれた環境を考えていくのだと思います。でも、現実には地産地消・自給自足も困難ですので、狭い日本においては、少々エリアを拡大して、例えば、関東地方なら、もう地元だと考えるぐらいがいいのかもしれません。


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する


 | ホーム |