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keimizumori

Author:keimizumori
早稲田大学理工学部卒業後、1992年に渡米。芸術・文化・社会問題で新聞・雑誌等に寄稿するジャーナリストとして活動後、 2003年に帰国。「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組み、科学的洞察力を養う解説を行うナチュラリスト、サイエンスライター、代替科学研究家。 現在は、千葉県房総半島の里山で農作業を通じて自然と触れ合う中、研究・執筆活動に加え、各種セミナー・イベント等をプロデュースしている。
著書に『ついに反重力の謎が解けた!』、『底なしの闇の[癌ビジネス]』(ヒカルランド)、『超不都合な科学的真実』、『超不都合な科学的真実 [長寿の謎/失われた古代文明]編』、『宇宙エネルギーがここに隠されていた』(徳間書店)、 『リバース・スピーチ』(学研パブリッシング)、『聖蛙の使者KEROMIとの対話』(明窓出版)などがある。


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空耳からリバース・スピーチへの誘引力

【人の声を録音して、逆再生すると聞こえてくる言葉がリバース・スピーチです。多くの場合、リバース・スピーチは発言者の深層意識(本音)が反映したもので、嘘発見器にもなることから、アメリカやオーストラリアでは犯罪捜査で活用された過去があります。】

リバース・スピーチは空耳ではないのか? そう考える人はたくさんいる。それに対する答えは、リバース・スピーチは空耳ではないが、その生成プロセスにおいて空耳を利用する傾向も見られる、というものだ。確かに、リバース・スピーチの生成には、似たようなゴロ、響き、アクセント、音(おん)といったものは関係している。表音から明らかにかけ離れた状態では、リバース・スピーチ現象は起こりにくい。
これを例で説明しよう。鉄粉が床にばら巻かれているとする。そして、その鉄粉が模様(言葉・メッセージ)を形作っているとする。それに対して、永久磁石を床に近づけたり離したりしながら床と平行して動かしたとする。床までの距離が近づく時には、鉄粉は磁石にくっ付き、離れていると、鉄粉はくっ付かない。リバース・スピーチとは、この現象に似ていて、意識の力、つまり、磁石を低く押し下げるパワーが強く働いた時にだけ現れる(鉄粉がくっ付くように怪奇現象を起こす)が、離れているときは、なかなか反応が得られない(鉄粉貼り付きアートが生成されない)。
架空の例だけど、ある人が腹を下している時に発した言葉を、普通の人が喋って逆再生してみると、「ノリピーで暗い」という音(おん)になったにもかかわらず、その腹痛の人が発した言葉を逆再生すると、「下痢ピーで辛い」になるのがリバース・スピーチ現象のようなものと言えるかもしれない。その人は、「下痢ピー」なんて下品な言葉は普段使わないとしても、語呂や音がそれに近い場合は、そのようなベクトルが働く(もちろん、長年一緒に居る人であれば、その人が「下痢ピー」なんて言葉を使うことがあると知っていることもあるかもしれないが)。古語表現や方言、文法的におかしな表現とか、発言者が普段使わないような様々な言葉が現れることもある。言葉を生み出す途中段階で言葉になりえないレベルで意識が加わったものもある。
床にばら撒かれた鉄粉が、ある偏り(ムラ=言葉)をもって散らばっていて、その鉄粉の上に無意識の力で磁石が押し下げられて近づくと、その散らばり具合に合わせて、意味をなすような言葉を生み出すようなベクトルが働くと思われるのだ。例えば、「ありました」という5語の言葉ではなく、表音上3語が適切なら「あった」、2語が適切なら「ある」などに変化するように、意味を為しうる表現に近づこうとする力が及ぶ傾向もみられるようなのだ。
そもそも、どのようにしてリバース・スピーチかどうかを判定するのかと言えば、私の場合、表音依存度で判定する。そのため、単純にリバース・スピーチが無意識や本音の反映かという問いにYESかNOかという判定ではない。表音依存性が失われる傾向があれば、リバース・スピーチの可能性があるため、リバース・スピーチとして取り込んで、その先は、表音依存度で、強・中・弱のようにクオリティー診断を行う。
だから、空耳とリバース・スピーチとの違いは、表音にどれだけ依存するかという問題にはなるとはいえ、発言者本人が自分の本音と認めるかどうかは基準にならない。それでいいのかと頭の固い人が言うかもしれない。
しかし、重要なことだけど、発言者本人は自分のリバース・スピーチを聞いて、自分の本音だと理解できるとは限らないという大前提があるのだ。分かる場合もあれば、分からない場合もある。おそらく、素直な人は「自分の深層意識はそんなことを考えていたのか!」と驚きをもって受け止め、信じられない人は信じられないままだと思う。もちろん、発言者がリバース・スピーチを形成する言葉を発した直後に、すぐにそのリバース・スピーチと自分の心理状態を照らし合わせることができれば、本音であると納得できる確率はいくらか上がるとは思う。ただ、多くの場合、かなりの時間が経過してから振り返ることになり、記憶が薄れることもあれば、自分らしい言葉ではない等の偏見が関与してしまう。また、霊による憑依現象が介入するケースもありうると思われるので、ますます自覚は難しいことになる。
だからこそ、本人には確認不可能であるが故に、もっと客観的な基準が必要なのだ。そうなると、表音依存度で判定するということになる(もちろん、表音依存度は「分析者=私」個人の感覚で判定しているので、客観性を出すことは難しい点もあるが)。
リバース・スピーチは、ほとんど自分自身の声として現れてくるとはいえ、自分の口癖など、そのまま反映するとは限らない。リバース・スピーチの発言者、つまり、深層意識のもう一人の自分の情報源は、我々が顕在意識ではどうしても思い出せないレベルで過去に聞いた情報や、他人が発したリバース・スピーチ、さらには集合的無意識などが含まれると考えられている。だから、リバース・スピーチのボキャブラリーが個人的な経験に基づいた知識や宗教的背景、思想・信条などに限定されることはない。リバース・スピーチ現象にユングの研究との接点があまりにも多いため、デイヴィッド・ジョン・オーツ氏は、個人的無意識だけでなく、集合的無意識など、様々な階層の意識がリバース・スピーチとして表出しているのだとみなしている。
そんなこともあって、リバース・スピーチが発言者の本音なのかどうか、本人に確認することにあまり意味はない。そもそも、ヒトは自分の本音、深層意識を知らなくて当たり前なのだ。そんな例はここで示した通りだ。もし、自分の深層意識を把握できていて、顕在意識における自覚的意識と一致があるのであれば、その人は悟った神様のような存在で、この世で生きていないのではないかとも思ってしまう。顕在意識と深層意識が一致しないでぶれているから、我々はこんな世界で生きているように思う。とはいえ、確率的に半分以上は、素直に考えれば、何となく自分の本音だと感じられる人が多いのではないかと思う。個人的無意識を超えて、集合的無意識やさらに深いレベルから現れるリバース・スピーチは、相対的に、頻度としてはそれほど高くはないように思う。
本来であれば、表音にあまり依存しない意味不明音もリバース・スピーチに含めるべきだと思う。なぜなら、永久磁石が床に近づいた際に、本来の音(おん)を外れるような影響を受けながらも、意味を為す言葉を生み出す手前で終わってしまっているものだと考えられるから。ただ、現実的には、言葉として意味を為さないものを見つけ出すことは至難の業だ。それで、自ずとそのようなものはリバース・スピーチには含まれないということになってしまう。
ヒトは表層意識にしかアクセスできないので、それに振り回され、それだけでヒトを評価・判断しがちである。しかし、どのような深層意識を持ちうるのかまで想像しながら、表層意識を見ていかないと、本当にヒトを理解することはできないと思う。もちろん、それは知りえないレベルではある。しかし、リバース・スピーチによってヒトは丸裸になっている現実を考えれば、他者に対して寛容になって、「深層意識ではこうなのではないか?」と思いながら、ヒトと付き合っていくことはとても重要なことだと思う。
リバース・スピーチとは、とても神秘的な現象なのである。

驚異のリバース・スピーチ:http://www.keimizumori.com/reversespeech/

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