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keimizumori

Author:keimizumori
早稲田大学理工学部卒業後、1992年に渡米。芸術・文化・社会問題で新聞・雑誌等に寄稿するジャーナリストとして活動後、 2003年に帰国。「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組み、科学的洞察力を養う解説を行うナチュラリスト、サイエンスライター、代替科学研究家。 現在は、千葉県房総半島の里山で農作業を通じて自然と触れ合う中、研究・執筆活動に加え、各種セミナー・イベント等をプロデュースしている。
著書に『ついに反重力の謎が解けた!』、『底なしの闇の[癌ビジネス]』(ヒカルランド)、『超不都合な科学的真実』、『超不都合な科学的真実 [長寿の謎/失われた古代文明]編』、『宇宙エネルギーがここに隠されていた』(徳間書店)、 『リバース・スピーチ』(学研パブリッシング)、『聖蛙の使者KEROMIとの対話』(明窓出版)などがある。


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放射能は自然との同調で克服される?

 福島での原発事故を体験して以来、放射能に対する考え方は人それぞれで、極端に恐れて、海外に移住した人、沖縄に移住した人もいますね。福島の子供の甲状腺に異変が起こっているのも確かで、今後、さらにその影響が顕著に見えてくることは必至だと思います。一方で、避難したとしても、国内であれば、放射線量が高い鮮魚だけでなく、加工品までも全国に出回ってしまっていて、危険はどこにでもあります。危険に近づく必要はまったくないですが、偏った知識で恐れ、気にしすぎると、逆に不健康になりがちですね。
 例えば、同じ状況の中、強く影響を受ける人と、それほどでもない人と、差が出ます。チェルノブイリの近くで高い放射線量の中、愛情を込めた農業を行い、まったく健康に問題なく過ごしている人もいます。福島近辺でも、無農薬で栽培が行われている農園では、なぜか線量値が低く出るといった現象もあります。もちろん、体質もあると思いますが、それに加わるものがさらにあると思います。
私は決して精神論を話そうとしている訳ではありません。個人的には、畑仕事を何年がやってきましたので、例えば、自分が住んでいた君津市の土地、畑の線量値も測定してありますし、同じ線量計で、愛知、三重、奈良、大阪などの地域との比較もしています。畑に石灰を撒くだけで、線量値が上昇することも経験的に知っています。そして、計測も行った結果、少なくとも、現状においては、数値的な面でも、生物を含めた環境の面でも、安全と判断して現在の地(勝浦市内だが、海より10キロ内陸)に引っ越して来ています。
今でも、わざとやるのですが、同じ場所にキュウリを何年も連作するとか、あえて悪いと言われることをやります。失敗するとは限りません。今年、5月頃に数センチもずれない、まさに同じスポットでキュウリを連作して、様子を見ましたが、失敗しました。おそらく、他の人は別の場所に植えると思います(私も比較のために別の場所にも植えてありますが)。ただ、私はあえて連作に失敗した場所で、これでもかと、さらに7月中旬になってから、再度連作を始めました。これは上手くいき、現在、収穫できています。
 成功した理由の一つはポリポット等で苗を育てておくという方法を止めたことだと思います。通常、苗がある程度成長して、本葉が数枚出て、体力をつけてから定植します。でないと、環境の変化や虫、病気等にやられやすいと考えられるからです。しかし、私の場合、直にタネを撒いて、上手くいきました。これは放射能問題ともリンクするのですが、なぜこれが良かったのか、あとで触れたいと思います。
 物事の解釈には、我々人間側の都合、論理、解釈がかなり入っています。それを疑った方がいいのではないかと思います。結論を言うと、私が経験的に感じていることは、環境に優しいヒトが暮らす土地では線量値が低く出るということです。農薬を使用すると、ある種の虫や土壌内の細菌類を死滅させ、微生物群のバランスが崩れます。ごく少量の場合はそれほど影響を受けないように思いますが、肥料を普通に使用すると、使用したエリアと使用していないエリアとの差が生まれます。これも、微生物たち(害虫も含め)の拮抗した勢力バランスを崩してしまいます。
 くっきりと違いや差を出すと、あらゆることに対して許容力が小さくなり、狂いが生じます。差が生じると、それを埋め合わせるように自然は動き、その動きに影響を受けやすくなるからです。時に、その差の部分は硬い塊となり、維持される場合もありますが、のちに腐るなどして、消滅する動きが出てきます。
 ほとんどの場合、農薬などの化学物質によって生物は、外部からある種の害虫類に攻撃されなくなる一方で、体は緊張し、硬直します。それは特定の臓器の細胞などです。例えば、化学薬品によってある種のバクテリアによる危険から解放されても、それによって勢力を増した真菌による危険に曝されるといったことが起こります。反対に、健康な状態はリラックスして弛緩する状態です。細胞やDNAは伸びた状態です。
 人体をレントゲン写真に撮ると、硬いところ、物質が密に詰まったところは見えます。骨は写りますし、腫瘍も大きければ写りますし、宿便があれば、それもいくらか見えます。我々は放射線、電磁波、光といったものに強く影響を受けてきました。空気中に水蒸気がたくさんあれば、光は素通りせずに、その水蒸気に当たるので、雲が存在することを我々は見ることができます。病気の生物は、部分的であれ、体の組織・細胞を緊張させて、密に凝集したような状態になります。病気とは言わなくとも、例えば、こうゆう食品は体に悪いと考えたり、誰かに対して悪感情を持ったり、何かと何かを区別する、いわゆる分離意識を持つと、体のどこかに緊張状態が発生します。もちろん、単なる運動でも起こります。
 放射線も光のようなものです。日光が雲に反射するように、密に硬くなっているところに放射線はより多く衝突します。周囲の環境に対して全幅の信頼を寄せていれば、心は穏やかになり、細胞は弛緩して、緊張したこわばりは解放されていくので、隙間が多くなり、放射線の影響も少なくなります。これが、被爆に個人差が出る要因の中の一つと思います。だから、単なる精神論ではありません。
 無農薬で苗をポリポットで育てる際、使う培養土は、定植する場所の土と同じか、混ぜ込むか、同質の方が、定植時に受ける環境変化に対する耐性は強くなり、リスクが小さくなります。ポリポットを止めてタネを直接蒔けば、周囲との差は発生しないため、生き残りやすくなります。もちろん、これは、連作障害が出そうな悪条件でも、農薬も使用せず、害虫対策も行わず、他のマイナス要因を減らして、リスクを減らそうとした場合のことです。
 何かをブロックすると、体内に緊張というリスクを抱えることになり、被爆しやすくなるようです。これは、原発由来の被爆だけではありません。太陽や他の恒星から注がれる放射線・宇宙線・電磁波に対しても同様です。自分を取り巻く自然や環境を信頼し、同調しようとすれば、リスクは小さくなります。これは奇跡でも精神論でもないと思っています。
 ここで、人間が存在する自然環境と人間が存在しない自然環境とでは、どこが違うのかという問題が出てきます。なぜなら、人間が暮らしていない山林では、放射線量が特別低く出ることはないからです。自然に優しい環境というのは、あくまでも人間が存在することが前提です。確か、現象学のメルロ・ポンティは、見るものが見えるものを支えるといってたように思いますが、それを思い出してしまいます。つまり、見るもの=人間が存在しないと、見えるもの=世界は存在しないようなものだという感じになると思います。放置された自然環境において育つ植物よりも、例えば、人間が音楽を聞かせて植物を育てた方が、元気に生長します。人が存在する自然の方が生物(植物)は極めて健康にもなるし、不健康にもなり、幅広いポテンシャルを持ちます。そう考えると、人間が存在しない自然は完全に同調できていないのかもしれません。というか、何かが足りず、その足りないものは、人間の想念で、それが加わってはじめて、自然との同調が実現して、環境は癒されるのではないかと思います。問題は住む環境や食品を選ぶことではなく、自分が周囲の環境を作り出していることに気付けるかどうかかもしれません。
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